SCHOOL EROTICA                              1/4

アリス

 彼女は十六歳。ほかの同級生の娘たちにあまり似ていないのは、彼女が空想から生まれた結晶の少女であるからだ。まっすぐな黒髪に白い肌。間近で見なければわからない程度にうっすらと化粧をしている。制服の着方はきちんとしているけれど、その下では子供らしからぬ、滑らかで繊細な質感の下着が好みだったりする。アリスはそんな感じの女の子で、同じ名を頂いた別の国の少女と同じように、危険に対してほんの少し無防備すぎるのが玉に傷、だったりする。



大講堂 作文の時間

 無愛想な研究助手が、学生たちに原稿用紙を配る。アリスにとって再生紙の紙っぺらとその助手の皮膚の乾いた質感は笑えるほど似て見える。紙の束が教室の最後列まで配られる間に、教授は黒板に今日の課題を書き殴る。次の言葉を用いて、起承転結のある文章を書きなさい。

 「井戸の中の蛙」

 「昔々、古城の井戸底に閉じこめられていた姫君がおりました。誰の仕業かは、このさい問題ではありません。姫君は井戸底で衣を水に浸し、針穴のように丸く空いた天の移ろいを見上げて暮らしておりました。
 ある時、庭を散歩していた王子が古井戸を覗き込むと、きらきら光る2つの星が底に見えました。驚いて眼を凝らすと、それがひとの瞳であることがぼんやりと悟られました。そして姫君は、腕と胴のまわりに縄を巻かれ、初めて地上へ引き上げられることとなったのです。
 姫君は濡れた衣を纏い、透けて見える肌は月の光のようでした。色素の薄い眼は地上に墜ちた妖精のように虚ろで、凄まじいほど煌めいていたのです。王子は一目で姫君を気に入り、自らの閨に迎えることを決めました。
 こうして共に暮らし始めたふたりは、一見非の打ち所のない組み合わせに見えましたが、実は、誰にも言えない悩みがありました。姫君は井戸底で暮らす間に、蛙の皮膚にしか歓びを感じない身体になってしまっていたのです。
 滑らかなシルクやレースも、そして王子の熱の籠もった抱擁も、姫君の肌を歓ばせることができませんでした。彼女が懐かしむのは、濡れて身体に纏いつく衣、そしてその裾から無遠慮に入り込む蛙たち。普通ならおぞましいだけの感触が、姫君にとっては唯一つの慰めだったのです。
 王子は考えた挙句、やがて蛙の肢のような吸盤を指先につけて姫君を愛してあげることを思いつきました。さっそく内々に鍛治師を呼び寄せ、金の指輪の先に小さな吸盤を着けたものをひと揃い作らせたのです。やがて届けられた10の指輪は、びろうどの小箱の中で、小さなものから大きなものまで、音階を奏でるように美しく並んでおりました。王子は姫君の見ている前で、それをひとつずつ指に嵌めました。
 『こうしてあなたを愛してあげよう』
 香油で潤したゴムの吸盤は、肌の上をひたひたと這い降りてゆきました。薄く敏感な皮膚に吸盤を圧しつけると、姫君は逃げたがるようなそぶりで身体をくねらせました。唇が薄くひらいて、真珠のように濡れた歯が覗くと、王子は彼女に口づけました。蛙の接吻とはどんなものだろう。ふとそんな考えが頭をよぎりました。
 その瞬間、自分は蛙なのだという錯覚が王子を捉えました。それは脳に毒が回るような、濁って残酷な興奮でした。粘液質の劣等生物になったつもりで、王子は姫君の背中に圧し掛かり、耳元に低い声で囁きかけました。
 『僕は獣より下等な両生類だ。こうしてあなたを汚してやる』
 抱いた手に力を込めると、吸盤は強く彼女の肌に吸いつき、剥がすと紅の跡が痛々しく残るほど。そうして跡が刻まれるほどに、姫君は切ない声をあげ、やがて快楽に我を忘れてゆきました。やがて、彼女が疲れ切って眼を閉じるまで、王子は飽かずに姫君を愛し続けました。

 こうして二人は愛し合う方法を見つけましたが、王子はやがて満たされなさに心を焼かれるようになりました。どんなに愛しても、冷たい金の指輪と吸盤に隔てられ、王子の手にはなにも残らないのです。王子はやがて、小さなゴム皿を心底憎むようになっていました。
 『あなたの肌にじかに触れたい』
 あるとき王子様は姫君を見つめて真剣に言いました。姫君は困惑した顔で王子を見つめ、なにも応えることができませんでした。
 『僕はあなたの望みに応えた。僕には応えてくれないのか』
 それでも姫君は応えません。その表情はよそよそしく言葉の通じない人のようでした。王子は自分を抑えきれずに彼女の腕を掴みました。ボタンを引きちぎるようにして衣服を脱がせ、白い乳房を強く掴み上げると、姫君は痛みに顔をゆがめました。熱と力に貫かれた男の手、どうしてこれを好ましく思えないのかと自らに問いかけても無駄なのです。脳裏のイメージがたどり着くのは、じめじめと黒い井戸底の暗さだけでした。
 無言の永い時間が続き、王子はやがて途方にくれました。あれほど求めていたはずのものを手にして、けれど全ての感情は醒めてゆくのです。今更力ずくで彼女を犯しても、満たされるわけがないのはわかっていました。
 『もう終わりだ』
 王子は結局、そう呟くしかありませんでした。そうして、険しい顔のまま、絶望にうなだれた姫君を寝台に打ちすてて部屋を出て行ったのです。
 その夜中。姫君は、誰にも何も言わずに、お城からいなくなりました。

 彼女がどこに行ったか、誰にも見当もつきませんでした。様々な噂が飛び交いましたが、王子は無言を貫くだけでした。やがて王子は親の勧めるままに隣国の姫君と婚約を結び、王位を継ぐこととなりました。
 婚礼を間近に控えたある晩のこと。王子はびろうどの筺を携えて庭に出ました。秘密の筺を開け、金の指輪を取り出すと、ひとつずつあの古井戸に投げ込んでゆきました。石壁を伝って響く小さな水音がやがて聞こえなくなると、王子は独り、呟きました。
 『私はまもなく、王になる。井戸の中の蛙に敗れた王に』

 翌朝、新しい妃と数多くの招待客を迎える前に、庭の古井戸は埋め立てられて花壇となりました。新王は新しい妃と幸福に暮らしましたが、春が来て、花壇に白い水仙が咲くたびに、蛙の一件を思い出さずにはいられませんでした。それが王に分をわきまえた謙虚さを授けたのか、その治世は穏やかで、後々まで名君と呼ばれるほどに国を栄えさせることになったのです。」

 アリスは作文の時間が好きだ。ひといきに書き終えて鉛筆を置き、ふうっと息を吐く。なかなか悪くない出来だと思うわ、アリスはちょっぴり自分を誇らしく思うけれど、次の瞬間、いまだに「お姫様願望」が抜けきっていない自分に気づいて、なんだかげんなりしてしまう。


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